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2005年12月31日 (土)

精神力

昨今は子供達の体格が大きくなり、いろいろなスポーツ競技などをみていると、特に先だってのアテネ五輪や各種世界選手権など見てると外国人と遜色がなくなっているのを感ずる。
しかし平和が続いて60年にもなると、何だか人間がひ弱くなったのではないかと、感ぜられる今日この頃である。勿論体力は当然現在の方が勝っている筈だが、精神力のタフさから云えば、戦前よりかなり劣っているのではと思われるのである。

私自身の体験から云えば、身体も小さくどちらかと云えば病弱に近かったので、兵役に取られたときには第一乙種での合格で、戦争最中でなければ現役入隊はなかった筈のものであった。
日本軍最強を唱われた関東軍へ直接入隊させられたので、ソ満国境の湿地帯のど真ん中の、軍隊以外何ものもいないところで、明けても暮れても徹底的に扱かれ続けた。
特に二年兵や三年兵による鉄拳制裁は日常茶飯事で、生来のニコニコ顔のお陰で、いつも「にやにやするなと」理不尽になぐられ、顔は変型し、口の中は切れ、耳は聞こえなくなり、その上酷い場合は室内靴や木銃などで叩かれたり突かれたりしたものだ。

勿論動作が鈍かったり、返事の声が小さかったり、姿勢が悪かったり、制裁を受けるだけの理由はあったのだが。

隊の中には耐えかねて脱走したものもあったが、なにしろ何もない平原の中なのですぐ捕まえられて重営倉入りである。それを見ているだけに真似は出来なかった。
入隊して1ヶ月くらいは毎晩制裁を受けた夜、降る様な星空を眺めて故郷を偲び、よく涙を流したものである。

しかし少し慣れて来ると、痛さも余り感じなくなり、つんぼも治まり、叩かれる要領がよくなって、制裁が何でもなくなって来た。
こうなればしめたものであった。何もかも要領がよくなり、制裁を受けることも減って来た。皆同じというわけではなく、同僚の中にはそのまま立ち直れずに、一般兵から外されるものも勿論居た。

後々戦闘に従事したとき、つくづくこの制裁教育が役に立ったことを、嫌と云う程知らされた。甘えん坊の腰抜けの私の所謂精神力が強くなっていたわけである。
空襲があろうが、敵弾が飛んでこようが、なんらの恐さも感じなくなっていた。

戦場で敵の襲撃にさらされたとき、民間から召集を受けて編成されたばかりの部隊の指揮を取らされたので、戦場で空襲を受けたりした時、雲隠れされたりして探すのに大変だったりしたことが、当初は相次いだ。
民間からすぐ徴用されて、しごかれていない兵隊なのだから仕方のないことだった。

戦後事業が倒産したり、財産をだまし取られて無一文になったりして、自殺寸前まで追いやられたが、この土壇場の精神力が私を救ってくれた。
死を目前にして平然として居られるのは、体力ではない。
幕末に大平の世に慣れた徳川武士が全く役に立たなかった話をよく聞くが、当然のことと思われる。
世界大戦が終わって、9年目の朝鮮戦争では当初米軍がひ弱くて、中国軍の参戦で押しまくられて、訓練の不足を露呈した事は有名な話である。訓練を怠ると十年経たぬうちにガタッと戦力が落ちるわけである。

最近学校などのスポーツ部などで、教師の鉄拳制裁などが不祥事として、競技大会への参加を拒まれる事が再三起きている。教師側か生徒側か問題がいずれにあるか、よく精査されたかどうか、心配するものである。

人間の敵は自然界には数多い。やはり何時の日か戦争或いは不慮の災害などが起き得ると予測していなければならないのではないか。
それには体格よりも精神力の不断の陶冶こそ大切なのではないか、ということである。


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