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2005年12月24日 (土)

戦争の記憶

1999年の5月にこんな事を書いている。今も全く変わっていないので、このブログに再録したい。
『死期が近いからという訳でもないが、無性に戦争中のことが偲ばれ、記憶をただ埋没させるのも情けない気がして、「戦前フォーラム」という格好の提供場所があるのを利用して、今年に入ってから「私の軍隊生活」という手記を連載している。

平凡な生活が一番幸福な生き方かも知れないが、それが許されなかった私達の世代は、記憶と云う物差で容量を計った場合、圧倒的に戦時中の容量比が大きいだろう。
少なくとも私の場合は、戦後にも沢山の思い出があるが、忘却の彼方へと逃げ去った事が多すぎて、戦後の50年と戦争中5年の記憶が相拮抗する思いがする。

眠れぬままに当時を思い浮かべると、次から次へと泉のごとく鮮烈に湧き出て来る。
極度の恐怖、苦悩、苦痛などが、案外爽やかに思い出される。大したことでもないことが、凄く楽しかった様な気がしたりする。

恐らく読まれた人は、なんだこんな下らないことをと嘲られるかも知れないが、売るものなら買い手がないと困るが、ただ語る楽しみだけの、一方通行の私には、痛痒も感じないで済むのは有り難い。

よく思うことだが、学生時代はほんとに楽しかったと、漫然と思い出すが、それでは何と何がと、具体的にということになると、そんなに多くない。又サラリーマン人生となると、もっと少ない。一番人生が長かった自営業は最も少ない。ほとんど金の工面と従業員の出入り、そしてセールスの走り歩きに、あっと云う間に過ぎ去ったというのが、実感である。

戦前は人生50年と口癖に言ったもんだが、今は80年である。それで私には余命は無い。
しかし思い返せば思い返す程長い人生だったなと、戦争のお陰で容量たっぷりな記憶を持て余すのである。』



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