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2005年12月28日 (水)

自費出版

最近亡くなった友人が生前私に贈呈してくれた、自費出版の俳句集を読み返しているうちに、ふと永年私と付き合ってくれて、現在では年賀状だけの付き合いだけれど、何度か私にその自費出版の俳句集や小説や手記などを贈呈してくれた友人達のことを思い出し、改めて引っ張り出して読み返してみた。

友人Aは評判の良い医者として、地元の尊敬を集め又私達旧制中学校の同窓会の世話人の中心になって、随分永い間骨身を惜しまずに努力をしてくれた。特に私は個人的にも親しく付き合い、病気の事はなんでも依存していたのだが、先に逝かれてしまった。医者の不養生とよく云われるがガンだったのだから、それではないだろうが惜しみても余りある奴だった。

俳句集を4度に亘って贈ってくれたB氏はやはり同じ中学校の先輩で、郷里の私のすぐ近所に住むこれ又お医者さんで、私の命を救ってくれたこともある恩人でもある。彼が従軍中に同じ部隊に、後年、日本で高名になった俳人がいて、その手ほどきを受けたのが縁で俳句の道を志され、数十年に亘り新聞等で活躍され、この地方ではかなりの有名人である。私が関連した百貨店の社歌や音頭を作詞していただいたこともある。惜しくも本年亡くなった。

小説をくれた友人Cさんは小学校の同級生で、日本短編小説叢書(檸檬社刊)にて発売されたもので、これは自費出版ではないようだが、本人と思われる主人公の海南島で迎えた終戦時、あわやの危難を中国軍の将校に助けられた話など、事実より奇なりと云わざるを得ない。戦後私と同じ職場で2年ぐらい働いた経験があるが、彼女は洋裁学校を経営して数十年、押しも押されぬ女実業家である。最近は年賀状以外には何年に1度の同窓会でお目にかかるだけである。最近私とそう遠くない所に住いを建てられてそちらに転居されたようだが、お互い歩行不自由で会う機会はない。

手記や短編小説を2度くれたD君は専門学校の同級生で、公認会計士として功なり名遂げた秀才だが、終戦時部隊が新京に集合せしめられて、翌日ソ連軍に引き渡されるとい う昭和20年9月1日の深夜同僚4名と共に脱走し、安東まで逃れて朝鮮の西海岸沿いに舟でソウルまで下り帰国を果たした経緯などは、彼の今の人柄からは想像も出来ない。数年前この世を去っている。

お互い若かった時は無謀に近いことを敢行し、非命に倒れたものも多かったかも知れないが、こうして生き延びて日本の再興に手を貸すことが出来たことは幸いであった。

こうして八十五年も生きてみると、皆それぞれに残して置きたい自分の歴史が存在する。
まして動乱の時代をくぐり抜けただけに語りたいことが山程ある訳である。
私には文才もなければ自費出版する意欲もないが、数十年に亘って書き綴った日記は、今となっては恥多き事柄が充満しているだけに、感慨が深い掌中の珠である。

友人達が贈ってくれたこれらの作品はそれぞれが精魂込めた宝物というだけでなく、私にも力強いバックアップとなって、日記を書き続ける意欲を更に奮い立たせるものである。
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