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2005年12月14日 (水)

日本外史

今私の読んでる新聞の小説欄に「頼山陽」が連載されていて、欠かさず読ませていただいている。
元来、小説はあまり読まない方で、特に新聞小説は滅多に読まない。尤も少年時代は小説でも他の物でも本であれば何でも乱読して、とうとう家族の中で私一人近視になった程である。
もちろん住宅環境がうんと悪く、夜にならないと電気が来ないし、それも20W程度の裸電球一個で、家事から食事そして勉強までしていたのだから、無理ではないのだが。
頼山陽も近眼のようだが、学問に熱中すれば自然そうなる世の中ではあったわけだ。

頼山陽は私の少年期には「日本外史」を通して特別の関心があった。新聞小説に書かれている様な、人物についての詳細など全然知らないし、知ろうともしなかった様に思っている。只私には日本外史が面白くてたまらなかった。
そもそも日本外史は漢文で書いてある。中学生では読むのに苦労する。中学3年のとき、漢文の教科書にその1節が載っていて、論語や孟子などに比べて、意味が分かりやすく、十八史略などと一緒に楽しむ事ができた。

読むと言っても朗読主体で、漢文独特の歯切れの良い言い回しで、多少誇張のある表現がたまらなく好きであった。
学校の図書館に白文の日本外史が全部揃っていたが、いくら好きでも読み切る事は無理であった。
たまたま本屋で当時富山房から発刊された池辺義象訳述の「邦文日本外史」という縮刷本を見つけた。定価1円50銭の中学生には手の届かぬ値段だったが、親に無理を言ってとうとう手に入れた。

勿論夢中になって読んだ。何度かの転居の際も、必ず携行して、今でも座右にある。が幕末の志士のごとく思想的にまで影響を受けたかどうかは未だにわからない。
幼時字を覚え始めに、講談本や豆本を近所の年上の子から借りて、乱読して字を覚えながら筋書きの面白さに酔った経験があったので、その延長に過ぎなかったかも知れない。
幼少期に一旦覚え込んだことは、なかなか忘れる事は無い。外史の中のごく微細な部分まで未だに思い出せるのだから尋常ではない。
今振り返ってみても、私の知識の大半は日本外史によって組み立てられた感じに見えて仕方が無いのである。nihon-gaisi2
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